quadratureのシニカル日記

イヤなことは壺の中に

モーリー・ロバートソンを知っている

文春オンライン(エンタメ, 芸能)モーリー・ロバートソン2016/08/04「ショーンKの後任、モーリー・ロバートソンが書いた「ショーンK問題の真相」」
と言う、一見どうでも良い記事を書いているモーリー・ロバートソンさん。以前に、Newsweekオンラインで小難しい記事を書いていたのを覚えている

「トランプ現象」を掘り下げると、根深い「むき出しのアメリカ」に突き当たる(2016年03月11日(金))

ニューズウィークによれば、かつて人種平等に強く反対していたのは民主党だった。白人と黒人を区別することこそが、大多数の白人労働者の雇用と給料を保証する一番の方法だと考えられていたのだ。言わば「公序良俗を守るための差別」だった。

と言う深いハナシで、「1960年代に、永遠に人種隔離を!と豪語した、悪役州知事ジョージ・ウォーレスが決して単なる外道なんかではない」ことを証明してしまっている。血の日曜日事件の後も、地元での人気は衰えなかったし、大統領候補にさえなっている。その後も逆にレーガン大統領などは、ウォーレスの主張をオブラートで隠してしまい、そっくり認めて(=南部の好きなようにやらせる=小さな政府)しまっていた。


で、ここからが本題。彼、モーリーは1981年に東大とハーバードに同時合格し、当時、ワイドショーにも出たり、すっかり人気者になっていた。その後、1学期だけ東大に籍をおき、ハーバードに移り(米国の大学は秋始まり)、卒業したらしい。ハーバードでの体験をどこかの週刊誌に記している。Quadratureが覚えている話は、「学生寮の友達が、ハーバードに来て周りがみんな勉強が出来るので凹まされていたけれど、結局、ボーイフレンドを作って落ち着いたみたい」みたいな、、、、。
で、Quadratureは彼本人に会っているのだ。Quadratureは高校まではワイドショー好きで、休みなどは一日中、テレビの前にかじりついており、1981年の春休みもそうだった。そして、ちょっと生意気なモーリーがワイドショーに出ているのを田舎のテレビで苦々しく見ていた。
そして、4月に帰京後、彼を見たのだ。彼とすぐ近くですれ違ったのだ。そして思わず、「あっ、テレビに出ていた人だ!」と叫んでしまった。残念ながら(幸いなことに?)周りの人は誰も反応せず、モーリー本人も「さあねぇッ」と冷たい調子で去って行ってしまい、その後、何回か見かけた際には、サングラスをかけて歩いていた。

モーリー・ロバートソンさん、まあまあ、偉くなって。私も嬉しいよ。これからも、Newsweekに書いたような、読んだ人がちょっと知ったかぶれるようになれるような記事をどんどん書いて欲しい。