quadratureのシニカル日記

イヤなことは壺の中に

「日本だって朝鮮人を強制連行したんだから」嫌がらせを受けても拉致問題に声をあげる理由

文春、さすがである。他のマスコミも少しは見習ったらよい。

「日本だって朝鮮人を強制連行したんだから」嫌がらせを受けても拉致問題に声をあげる理由 2/18(木) 6:12配信
野伏翔監督
 北朝鮮による拉致被害者5人が電撃的に帰国したのが2002年。以降、他の被害者の帰国は未だかなわず、進展が見られないまま現在に至る。『 めぐみへの誓い -The Pledge to Megumi- 』(2月19日公開)は、1977年、13歳で北朝鮮に連れ去られた横田めぐみさんの事件を中心に、入念な取材に基づいて拉致の実態を描く。もともとは野伏翔監督が主宰する劇団夜想会が2010年に初演した舞台で、10年の時を経て映画化された。

きっかけは「憤り」
――北朝鮮による拉致事件を舞台化しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

野伏 2002年の小泉(純一郎)訪朝で、5人が帰ってきて大きなニュースになりましたよね。その時まで特別に興味があったわけではなかったんですが、そのニュースに大変驚きました。しかもその後、あまりにも進展がなく、さらに被害者の偽の骨まで送ってきて死んだことにしている北朝鮮に対して怒りが湧いてきました。それから元北朝鮮工作員安明進さんの講演を聞きに行ったり、著作本を読んだりするうち、自分に何かできることはないかと思い始め、脚本を書いて家族会にお送りして読んでいただきました。

――そこで家族会の方に上演の許可を得たということなんですね。

野伏 家族会の総会に行っていろいろ説明しました。最初は収容所の様子が描かれていることから賛否両論があったらしいのですが、被害者がその恐怖と背中あわせでギリギリ生きている姿を描かないと過去の誘拐事件で終わってしまって現在の救出活動に繋がらないのではないかと話したら、有本恵子さんのお父さんが大声を張り上げて「これをやらなアカン!」と大賛成してくれて。それから特定失踪者問題調査会代表の荒木和博さんに事実関係をチェックしていただいて、初演が実現しました。最初のきっかけは、怒って立ち上がってもらうものを作りたいという憤りです。

演劇だと限界があった
――舞台から映画にしようと思ったのは?

野伏 やはり映画としてもっと広めていかなきゃいけないと思ったんです。演劇だとお金もかかるしキャパシティも狭いので、どうしても限界があるんですよね。2014年からは内閣府拉致問題対策本部の主催で啓発公演という形で全国を廻っていますが、2020年度は2回だけ。2回やっても2000人も観られないですからね。それでは啓発とは言えない。映画では現在、劇場も19館で公開が決まりましたし、秋田県では各学校で上映してくれると申し出てくれました。

800人以上いる特定失踪者
――拉致被害者北朝鮮での生活など具体的に描かれていて驚きました。

野伏 僕も招待所と収容所の違いはこの取材の過程で調べてわかったことです。脱北者の人に話を聞くと、招待所というのは北朝鮮の一般の人から見られない山の上や、街の場合は森などに囲まれて隠されていて、庶民からするととても立派できれいな場所なんだそうです。そういう場所で洗脳されて訓練を受け、そのまま政府の仕事に就くのだと思われます。そこで逆らった人は酷い目に遭います。

――取材を進める上で報道されていないことを知ったということは?

野伏 今、北朝鮮による拉致の疑いのある特定失踪者は警察の発表で800人以上いるんです。でもそれは家族が申し出たことで発覚しているわけですから、家族がいない失踪者を含めるときっと800人なんてものじゃない。背乗りと言って戸籍ごと入れ替わる狙いがあるので、家族がいない人の方が工作員に狙われますから。国連の人権理事会ではもっといるだろうと言われています。そういうことを知っていくにつれて、未だにひとりも逮捕者が出ていないのは国内問題として怖いと思いました。ひとりを拉致するのに最低でも3人は必要だと思いますが、そうすると単純計算で延べ5000人くらいの人が事件に関わっているはずで、そういう人が今も普通に日本にいると思うとちょっと空恐ろしくなって。そこには映画でも触れていきたいと思いました。

「日本にはこんなに簡単に潜入できるんですね」
――国内の北朝鮮協力者の存在や拉致の描写などリアルでした。

野伏 朝鮮総連で拉致の手引きをしていて、あまりにも辛くなって辞めた元工作員がいろいろ証言しているので参考にしています。劇中、病院で注射を打たれて拉致された人は(特定失踪者の)藤田進さんがモデルになっていますが、藤田さんを病院に連れて行き、拉致した実行犯の元工作員が中国で取材を受けています。「日本にはこんなに簡単に潜入できるんですね」という工作員のセリフがありますが、日本船には一番腕の悪い工作員が行かされるそうです。絶対安全だから。韓国に潜入するのはもっとエリートということです。これは北朝鮮の犯罪であることに間違いはないんですが、日本国内の不備がそれを助長してしまったと思います。子どもや孫のためにもそういう点を少しでも改善していかなければいけないのではと思っています。

舞台では出来ない拉致シーン
――めぐみさん拉致のシーンはとても怖かったです。

野伏 北朝鮮の収容所の暴動シーンや拉致されて船で連れて行かれるシーンは舞台ではできないシーンですし、スタッフ一同、映画としてここが勝負だという意識でした。めぐみさんの拉致シーンでは、めぐみさんが殴られて気絶して、息を吹き返さなければ海に捨てられるという描写を特に描きたかったです。これも実際の工作員の証言です。拉致する際、いきなり顔面を蹴ったりして気絶させるんですが、力が強すぎて死んでしまうことがあるので、そういう場合、なるべく早く日本の沿岸で捨てれば、事故か自殺として処理されるそうです。

政府の悪口を言わないように口に石を詰め…
――今、話に出た収容所の暴動シーンも壮絶でした。

野伏 収容所から逃げてきた人の証言では、過去1度、本当に大暴動があったそうです。徹底的な弾圧と、連座制で家族も殺されてしまい、それからはもう立ち上がる人がいなくなってしまったということです。めぐみさんはおそらく収容所には行っていないでしょうから、苦肉の策で夢という体裁にしました。収容所に行ったらいつでも射殺される可能性があって、もう終わりだと言われていて、恐怖の中で生きているそうです。常に2万人以上いて奴隷労働させられているんですが、その労働力が北朝鮮を支えているんだと思います。公開処刑では、当事者は杭に繋がれて、その前に座るのが家族。最前列が子どもで、2列目が親や親戚。政府の悪口を言わないように口に石を詰められて全員処刑されるそうです。これも実際に目撃した人の証言ですが、ひどい話です。国とも言えないです。

――今回の映画化に際して新たに知ったことは?

野伏 舞台の場合は朝鮮語部分も日本語で演じているんですが、今回は映画だから朝鮮語にして字幕を入れることにしたので、新たに知り合った脱北者の方に翻訳をお願いしました。その方たちから、金日成金正日のバッジをふたつ付けられる人とひとつしか付けられない人がいるとか、階級の違いなど細かいことを教わって、細部にこだわって映像にしました。

「日本だって朝鮮人を強制連行したんだから」署名活動での嫌がらせ
――劇中で、署名活動をしている時に周囲から揶揄されるシーンがありましたが、長い活動の中で周囲の無理解も多かったのではないかと思いました。

野伏 チラシを叩き落とされたのは実際に横田滋さんがやられたことで、映像にも残っています。僕も署名活動には年に数回参加しますけど、こういう嫌がらせは3回に1回くらいはありますね。僕自身は絡まれませんが、おとなしくチラシを配っているような人に対して、「日本だって朝鮮人を強制連行したんだから」と嫌味を言ってきたり、黙って地面に唾を吐いていったり。けれど、警察も2~3人立っていて、何かあったら止めてくれるので、大きいトラブルは全くないです。映画でも描かれますが、小松政夫さんが演じた在日の方が北朝鮮に利用されて拉致に関与していたのは確かなので、きっと在日の方たちも、こういう事実が明るみに出て、北朝鮮がまともな国になって自由に行き来したいというのが本音の部分だと思います。

自分たちの問題だと認識しなければいけない
――今、言われているのが、ご家族の方たちの高齢化ですよね。横田滋さんは昨年、亡くなりました。

野伏 そうですね。横田滋さんの人格は素晴らしく、僕もこの人のために頑張ろうと当初は思っていましたが、今はもう被害者家族の方がかわいそうとか、そういう感情的なことでは活動は続けられないと感じています。もっと我々、国民全体の問題として捉えて、北朝鮮という国家の犯罪なんだと大きな意識を持たなければいけないと強く感じます。今もいかに多くの人が捕えられているのかを若い人にもわかってもらいたい。自分たちの問題だと認識して対応しないと、また危険があるんだと言い続けていくことが重要だと思います。

国内の警備の緩さに対する憤り
――初めて舞台化してから約10年が経ちます。この10年で監督が感じていらっしゃることは?

野伏 映画のエンディングロールに支援してくださる方の名前が出てくるんですが、20代のOLの方やタクシーの運転手さんなどさまざまな方が、毎月1万円とか寄付してくださる。そういう人たちが多いことには感動していますし、救う会の人たちの地道な活動に対して、改めて信頼を感じます。でも、もちろん憤りは変わらず。この平和な民主主義の国家で国民を守れないことに対する、国内の警備の緩さに対する憤りが強くなっています。映画を作ったことで拉致問題解決への起爆剤になってくれたらいいですね。多くの政治家にも観てもらいたいです。

――多くの方が、すごくもどかしい想いを抱えていらっしゃいますよね。

野伏 昔、レバノンの女性が北朝鮮に拉致された事件がありましたが、その時、レバノン政府は軍隊を出すと通告して強硬な態度に出たんですよ。そしたら早期に解決した。日本は戦争を放棄している以上、軍隊は派遣できないけど、これは戦争ではなく救出だから。警察の特殊チームなどが救出に行けないものかと考えてしまいます。

めぐみさんも呼びかけを聞いている。そう信じています
――ラジオで北朝鮮にいるめぐみさんに呼びかけるラストシーンについてお聞かせください。

野伏 何回も妨害電波を出されていて、そのたびに周波数を変えてこちらから発信しています。僕も呼びかけをしたことがあります。あれだけ妨害電波を出すということは北朝鮮内で絶対に聞いているはずなんです。めぐみさんも聞けているはずです。そう信じています。

のぶししょう/1952年、茨城県生まれ。文学座演劇研究所を経て1982年、夜想会を旗揚げ。初期はシェイクスピアなどを上演。映画監督として『とびだせ新選組!』などを手掛ける。

映画『めぐみへの誓い-The Pledge to Megumi-』
2021年2月19日(金)より池袋シネマ・ロサ、AL☆VEシアター(アルヴェシアター/秋田市)他全国順次公開!  http://www.megumi-movie.net/
熊谷 真由子/週刊文春

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